最近の「ものづくり白書」を見てみますと、
日本企業の生産拠点が国内に回帰している動きが強いようです。
これは、海外(主に中国)で仕事をしている僕も結構よく感じていることです。特に最近では、「中国で作るよりも日本で作った方が、トータル安いことがあるよね」という声がよく聞こえてきます。ですので、皆さん、実感としてこのような印象を受けていることは間違いないと思います。
今回は、技術士らしく(笑)この問題について、データに基づいてまとめてみたいと思います。なお、この記事の内容は主に「ものづくり白書2018年版」を参考にしています。
ものづくり白書2018でみる、国内回帰の動き
以下の通り、ものづくり白書の内容をざっくりまとめてみます。
- 海外生産を行っている企業中、約14%が過去1年間で生産を国内に戻している。
- どの国から回帰させているか? 中国(香港):62.2%、タイ:10.8%、ベトナム:6.3%となっている。回帰させている国、上位3か国で全体の約8割を占めている。特に、中国からの回帰の動きが大きい。
- 国内に回帰させた理由は、人件費、リードタイムの短縮、品質管理上の問題がTOP3を占めている。
- 国内に回帰させる際に「国内の高度技術者・熟練技能者の不足」が最も問題になっており、少子高齢化や担い手不足の問題が浮き彫りになっている。
中国の人件費はどれだけ上昇しているのか?
中国の人件費が上昇しているのは、僕も実感として「強く」感じています。
特に最近では、日本のブルーカラーより、中国のホワイトカラーの賃金の方が高くなってきているのではないかとまで言われています。
実際はどうなっているのでしょう。
以下はJETROさんの賃金上昇率データです(こちらを参考にしてください)。
2018年9月に北京の最低賃金が、2,120元になったとのことです。
今までの年ごとの最低賃金と上昇率は以下の通りです。
2010年:960元(20.0%)
2011年:1160元(20.8%)
2012年:1,260元(8.6%)
2013年:1,400元(11.1%)
2014年:1,560元(11.4%)
2015年:1,720元(10.3%)
2016年:1,890元(9.9%)
2017年:2,000元(5.8%)
2018年:2,120元(6.0%)
2,120元というと、日本円で言うと約4万円です。
東京の最低賃金が985円/時間です。8時間、20日間働いたとすると、
985円/時間 × 8時間 × 20時間 = 157,600円となります。
そう考えると、最低賃金ベースで考えるとまだまだ日本の方が上です。
でも、中国の賃金は10年もたたない間に2倍以上になっています。それに、中国では業種や職種によって大きく賃金に開きがあります。ですから、感覚的には日本のブルーカラーより、中国のホワイトカラーの賃金の方が高くなってきているのではないかとうのは間違っていないような印象を受けています。
海外生産するときのリードタイムについて
一般的に海外で生産して日本に輸入すると、少なくとも輸送や通関にかかわる期間分はリードタイムが長くなってしまいます。リードタイムが長くなれば、以下のような問題が発生します。
- 需要変動に対して生産の変動を合わせるのが困難。このため在庫を抱えてしまって、キャッシュフローが悪化したり、逆に需要がたくさんあるのに商品がない(機会損失)などの問題が発生する。
- 費用の発生から売上金の回収までが長い期間かかってしまうので、キャッシュフローが悪化する。
- 顧客からの短納期対応に応えられない。
海外生産時の品質問題について
海外生産で最も僕が苦労しているのは品質の問題です。
生産の立ち上げ期はなかなか品質が安定せず、苦労することが多いです。それでも、現地の方と一緒に様々な品質管理・改善手法を取り入れて改善していくことで、なんとか安定した品質の製品を作ることは可能です(教育している内容はQC検定3級に出てくるような簡単な内容です)。
ただ・・・せっかく教育していい管理者や作業者が育ったのに、なんの前置きもなく辞めてしまうことがあります。諸外国では転職や企業は「当たり前」なので、良い従業員が育ってもなかなか定着しません。
教育 ⇒ 従業員が育つ ⇒ いなくなり品質悪化 ⇒ 再度新人の教育開始
というループが繰り返され、なかなか上手くいきません。
海外生産では、こういった問題に直面し、現実的になかなか品質の安定した確保が難しいことがあります。
日本に回帰させたらどうか ⇒ 少子高齢化・人材不足
賃金上昇、リードタイムが長い、品質は安定しない・・・
だったら、日本に回帰させたらどうかというのが国内回帰(リショアリング)の考え方です。
しかし実際に日本に戻ってこようとして直面する問題が、
少子高齢化、人材不足、とくに熟練技能者・技術者の不足
です。
そうです、担い手がいない状況になっているのです。
これに対する対応としては、Industry4.0、Connected Industriesに代表されるような考え方で、効率の良いモノの作り方、暗黙知を形式知化してデジタルデータとして伝承するなどの現場力の向上が求められます。
しかし、ここにも課題があります。上記のようなことを担当できる「デジタル人材」が不足しているのです。ですから、日本の各企業はデジタル人材を育てること、確保することに注力すべきです。しかし、このことに気付いている経営者があまりおられないことも事実です。
技術者はこのことを意識しながら、「自分の能力を高めデジタル人材になること」「デジタル人材を育てること」を継続していかなければならないでしょう!!
技術士試験でもこの課題について問われることがあります!
技術士二次試験の試験問題を眺めていると、日本企業の生産拠点の国内回帰について色々な部門で問われています。以下に、例を挙げています。このような状況ですので、特に機械部門や経営工学部門を受験予定の方は要チェックです。自分の言葉で説明できるように準備しておくことが必要でしょう(技術士の通信講座を利用するのも良いでしょう)。
平成27年度 技術士二次試験 機械部門(加工・FA・産業機械)
近年、日本企業の生産拠点が国内回帰する動きがある。生産拠点の国内回帰について以下の問いに答えよ。
(1)生産拠点を国内回帰させる主たる要因を3つ挙げ、それぞれの根拠を述べよ。
(2)国内回帰する際に考慮すべき技術的課題を2つ挙げ、それぞれについて説明せよ。
(3)上記(2)で挙げた2つの課題について、それぞれ解決方法を述べよ。
平成29年度 技術士二次試験 経営工学部門(生産マネジメント)
これまで生産拠点を海外の新興国に移転する(海外移転:オフショアリング)動きが強かったが、最近家電や自動車、電子部品の分野で国内へ生産拠点を移転する(国内回帰:リショアリング)動きが出てきている。グローバル化が進む中で生産拠点をどこに決定するかはグローバ一ル・サプライ・チェーン・ネットワークの最適設定において重要な課題となりつつある。
(1)生産拠点を海外の新興国に移転する理由を生産マネジメントの視点(Q,C,D)から述べよ。
(2)一度移転した生産拠点を国内に回帰させる理由を生産マネジメントの視点(Q,C,D)から述べよ。
(3)生産拠点の選定方法をリスクの視点から述べよ。