小早川隆景は戦国時代の英雄「毛利元就」の三男です。三本の矢の1本矢の武将なんです。
日本史の中ではそれほど、有名な武将ではありませんが、歴史好きの中では人気の高い武将です。
1.小早川隆景の主な功績
- 厳島の合戦で村上水軍を率いて、参戦し勝利。
毛利家による、中国地方の盤石な支配の確立に貢献した。 - 備中高松城の水攻め中に、織田信長が死去。秀吉と和睦を結び、
中国大返しを行う秀吉を追わなかった。これにより、中国大返しが成功。
秀吉から気に入られた。 - 浮城とも呼ばれる名城「三原城」を築いた。
- 後に関ヶ原の戦いで、重要な役割を担う「小早川秀秋」を養子に迎えた
- 豊臣政権で五大老の一人に選ばれた。
写真は三原城点天守閣跡
2.小早川隆景の生涯
1533年 毛利元就の三男として誕生(幼名:徳寿丸)
1543年 竹原小早川家の当主となる
1547年 備後神辺城を攻める際、従軍し初陣
1550年 沼田、竹原の両小早川家を統合
1552年 新高山城を築城
1555年 厳島の戦いで、村上水軍を率いて陶晴賢に勝利
1582年 備中高松城の戦いで援軍として出陣(和睦において重要な役割)
1582年 三原城に移る
1592年 文禄の役へ出兵(朝鮮出兵)
1594年 小早川秀秋を養子に迎える
1595年 五大老の一人に選ばれる
1597年 死去
3.毛利元就の三男
毛利元就による「三本の矢」の教えの中に出てくる一人。
以下の三兄弟を矢に例えた。
- (長男)毛利隆元
- (次男)吉川元春
- (三男)小早川隆景
毛利家を支えた、吉川家と小早川家は、
「毛利の両川」と呼ばれた。
毛利家と小早川家の家系図。
(みはら歴史館)
4.厳島の戦いでの活躍
- 陶晴賢が主君の大内義隆を追放・自害に追い込んだ。
- 大内氏を支配するようになった陶晴賢を毛利元就が攻めた。
- 合戦の場所は厳島。
- 小早川隆景は村上水軍を説得し、援軍の約束をとりつける。その貢献が大きく、毛利元就は陶晴賢に勝利。
- この戦いの勝利により、毛利家における中国地方の支配を盤石なものとするきっけとなった。
天下をめざせ! 戦国合戦パノラマ大図鑑 | ||||
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合戦の解説は上記の本が子ども向けですが、わかりやすい。
5.備中高松城の戦いでの「和睦」における貢献
- 秀吉は信長の命で毛利家の支配下にある「備中高松城」を水攻めしていた。
- 水攻めの最中に、本能寺の変で信長急死。
- 秀吉は、明智光秀を討つため、いわゆる中国大返しに向かうため、毛利家と和睦を結ぶ。
- 吉川元春は京に引き返す羽柴軍を追撃しようと提案。しかしながら隆景は反対した。これにより、秀吉の中国大返しが成功。
- この貢献により秀吉から高く評価されたと言われている。
6.三原城の築城
- 堀と海がつながっており、満潮の時に城が浮かんでいるように見えるため「浮城」と呼ばれた。非常に美しかった城とされている。
- 海の中から石垣を築く技術は非常に見事である。石垣の高さは大阪城より高く、関ヶ原の戦い以前では、一番高かった。また和久原川の水刎の技術など高度な土木技術が採用されている。土木技術遺産としても重要な役割。
和久原川の水刎(館町)
川岸から川中に向けて三角形に石垣を築き出し、川の流れを弱める役と、流れの方向を変えて三原城の「東築出」の用地を確保する為に造られた石積みと考えられます。流水の強く当たる所の大石には、それぞれに穴を開け、鉄棒を通して連結してあるそうです。このような特技を持った三原石工は、愛知県の宇和島に呼ばれ、その土地の干拓工事に手腕を発揮しましたが、その優れた技術の故に、かえって妬まれ、非業の最期を遂げました。これを哀れみ、その供養の盆踊りが彼の地に残っている由「白松克太三原昔話」。現在水刎は和久原川西岸の東大橋の川上に一ヶ所、川下に五ヶ所、上流の清水橋の川下にも二ヶ所残っております。三原志稿には延宝八年(1680年)水刎、塵除を設けるとの記事が見えますが、これは河原谷川の事かとも解されます。尚 三次市の浅野堤にも刎が造られていました(やっさ検定ホームページより)。 - 三原城跡は今も残っており、三原市の中心部のシンボルとなっている。
- 三原城の築城を祝う「やっさ祭」は今でも三原の風物詩として続いている。
やっさ祭のモニュメント(三原市)
7.小早川秀秋を養子に迎える
このことが天下の分け目の「関ヶ原の戦い」で大きな影響を与えた。
(秀秋の東軍への寝返り)
この出来事は、歴史の中でも非常に大きな「裏切り」である。
8.小早川隆景の何がすごいか
- 毛利家の事を常に第一に考えて生きた人
- 先のことを見通す力が強い人
- 当時、軽視されがちだった【海(瀬戸内海)】を政治、外交および武力の観点から重視した。
- 黒田官兵衛も認める、戦国の知将。
- 子を成さなかった妻と生涯寄り添って過ごした愛妻家。側室を持たなかった。
小早川隆景 (人物文庫) | ||||
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童門冬二さんの隆景の小説はいい味を出しています。
是非読んでみて下さい。